2026年8月、12月19日(日本時間20日)に英・ベルファストで、WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチが行われることが発表されました。

王者はアンソニー・カカーチェ(37)。挑戦者はニック・ボール(29)。イギリスの興行としては、年末を締める大一番です。

ただ、この試合を日本から見ると、話がひとつ増えます。

このWBA世界スーパーフェザー級王座には、順番を待っている選手がすでに2人いるからです。しかもそのうち1人は日本の堤駿斗(27=志成)で、7月14日に後楽園ホールで挑戦権を勝ち取っています。

12月19日にリングへ上がるのは、その2人ではありません。3人目です。

カカーチェの前には、もともと2人が並んでいた

順を追います。カカーチェがこのベルトを獲ったのは2026年3月14日、ダブリンでジャザ・ディケンズを判定で下した試合でした。

そこから始まった「順番待ちの列」がこれです。

①暫定王者
エルヌール・サメドフ
2026年2月14日、ロシア・チェリャビンスクでジョン・レノン・グティエレスを11回TKOで下し、WBA暫定王座を獲得(23戦22勝11KO1敗)。
2026年6月2日、WBAがカカーチェに「サメドフと指名試合を行うこと」を正式に命令。交渉期間は6月2日〜7月2日、試合の期限は7月14日(王座獲得から120日以内という規定による)
堤駿斗 2026年7月14日、後楽園ホールでWBA挑戦者決定戦を制し、カカーチェへの挑戦権を獲得
ニック・ボール 2026年12月19日、ベルファストでカカーチェに挑戦(=今回発表された試合)

ここで一度、日付を見比べてみてください。

WBAがカカーチェに指定した「指名試合の期限」は7月14日。堤駿斗が後楽園ホールで挑戦権を取ったのも、7月14日です。

もちろん偶然です。WBAの期限は3月14日の戴冠から120日を数えた日で、後楽園ホールの興行日程とは関係ありません。それでも同じ1日に、ロンドンでもベルファストでもない場所で、期限が切れ、新しい挑戦者が生まれていたのは、書いておく価値があると思いました。

そして2026年8月30日の時点で、サメドフとの指名試合がどうなったのかを説明する続報は出ていません。入札になったという発表も、サメドフが下りたという発表もありません。分かっているのは、12月19日にカカーチェが戦う相手はサメドフでも堤でもない、ということだけです。

7月14日、後楽園ホールで何があったか

堤駿斗が戦ったのは、14戦全勝10KOのフェリックス・バティスタ(29=ドミニカ共和国)でした。

1回終了のゴングの直後に反則気味の被弾があり、場内がざわつく立ち上がり。それでも2回、堤は下がらずに打ち合って2度のダウンを奪い、2回1分25秒でTKO勝ちしています。約11か月ぶりの試合でした。

試合後、堤はこう話しています。

決まれば100%獲る気持ちで、年内にやりたい

「年内」――つまり2026年中です。

カカーチェの12月19日が埋まったことで、少なくとも「年内にカカーチェへ挑戦する」という道はなくなりました。7月14日から12月19日まで158日。挑戦権を持ったまま、堤はその日を画面越しに見ることになります。

しかも列の前にはサメドフがいます。12月19日にカカーチェが勝ったとして、次がサメドフなのか堤なのかは、いまの時点では誰にも言えません。

しかも堤とボールは、同じリングに立ったことがある

ここが、調べていていちばん面白かったところです。

2025年8月16日、サウジアラビア・リヤドのANBアリーナ。クイーンズベリー・プロモーションがエスポーツ・ワールドカップに合わせて打った興行で、この夜のカードはこうなっていました。

2025年8月16日|リヤド ANBアリーナ 結果
メイン|ニック・ボール vs サム・グッドマン(WBA世界フェザー級) ボールが3-0判定勝ち=3度目の防衛
堤駿斗 vs カイス・アシュファク(スーパーフェザー級10回戦) 堤が3回2分8秒TKO勝ち(3度ダウンを奪取)
フィリップ・フルゴビッチ vs デビッド・アデレイエ(ヘビー級10回戦) フルゴビッチが3-0判定勝ち
レイモンド・フォード vs アブラハム・ノバ(S・フェザー級10回戦) フォードが3-0判定勝ち

あの夜、堤駿斗とニック・ボールは同じ興行の同じリングにいました。堤は自身初の海外試合で、2016年リオ五輪に英国代表として出たアシュファクを3度倒して勝ちました。その少しあとに、メインでボールが王座を守っています。

ついでに言えば、このカードにはレイモンド・フォードもいます。ボールが2024年6月1日に判定で下してWBAフェザー級のベルトを奪った、その相手です。フォードはこの夜、すでにスーパーフェザー級で戦っていました。

そしてフィリップ・フルゴビッチは、この1年後の2026年8月29日にIBF世界ヘビー級王者になっています。

2025年8月のあの夜から、12月19日まで1年4か月。それぞれが別の道を通って、また同じ1本のベルトのまわりに集まってきた――そういう見え方になります。

ボールと「大きい相手」の3試合を、身長ではなくリーチで並べ直す

ここからは試合そのものの話です。

ニック・ボールは身長157cm。世界王者になった選手としては、階級を問わずかなり小さいほうです。対するカカーチェは178cm差は21cmあります。

「21cm差の世界戦」と聞くと無謀に思えますが、ボールにとっては初めてではありません。並べるとこうなります。

相手 身長 リーチ 結果
レイ・バルガス
(2024年3月8日・WBCフェザー級)
178cm
+21cm
182cm
+17cm
引き分け(2度ダウンを奪取)
ブランドン・フィゲロア
(2026年2月7日・WBAフェザー級)
175cm
+18cm
184cm
+19cm
12回TKO負け(初黒星・王座陥落)
アンソニー・カカーチェ
(2026年12月19日・WBAスーパーフェザー級)
178cm
+21cm
180cm
+15cm

表を上から下に読むと、身長とリーチの順番が入れ替わっているのが分かります。

  • 身長で見れば、バルガスとカカーチェはまったく同じ178cm。そのバルガス戦でボールは2度ダウンを奪い、1人のジャッジは116-110でボールを支持しました(116-110=ボール/114-112=バルガス/113-113のスプリット・ドロー)
  • ボールが唯一負けたフィゲロアは、この3人で一番背が低い。ところがリーチだけは一番長い(184cm)
  • カカーチェは一番背が高いのに、リーチは一番短い(180cm)

ここから「ボールを止めたのは高さではなくリーチだ」と言い切るのは、さすがに乱暴です。比べられるのはたった2試合で、しかもフィゲロアはボディを執拗に殴り続けて12回にたどり着いたタイプの勝ち方でした。リーチ差だけが敗因ではありません。

それでも、ボールにとっての「やりにくさ」は身長の数字より腕の長さの数字のほうに素直に並んでいる――くらいのことは言えると思います。ボール本人も、フィゲロア戦の前に「下から殴るのは慣れている」という趣旨のことを話していました(ESPN)。慣れていないはずの相手ではなかったのに、12回まで来て倒されています。

その物差しで12月19日を見ると、カカーチェとのリーチ差15cmは、ボールが経験した3試合のなかで一番小さいことになります。数字だけを見れば、ボールにとって「やりやすいほうの大きい相手」です。

ただし条件がひとつ増えます。階級がひとつ上がることです。フェザー級(57.15kg=126ポンド)からスーパーフェザー級(58.97kg=130ポンド)へ。小柄な選手が上げるぶんには不利になりにくいという見方もありますが、相手が自分より21cm高い、その階級の王者となると話は別です。

王者カカーチェという人|37歳、遅咲き、そして尾川堅一のベルト

アンソニー・カカーチェは1989年2月2日生まれ。ベルファスト(英国・北アイルランド)出身のサウスポーです。

なお日本語の表記は割れています。「カカーチェ」(日刊スポーツ・デイリースポーツなど)のほか、「カカス」「カケース」とも書かれます。当サイトでは「カカーチェ」で統一します。国籍の表記も「アイルランド」とされることが多いのですが、生まれも育ちも英国・北アイルランドのベルファストです。

プロデビューは2012年。世界王者になったのは2024年5月18日、35歳のときでした。12年かかっています。

2017年7月15日 マーティン・J・ウォードに判定負け(英国&英連邦王座戦)=プロ通算26戦で、唯一の黒星
2022年9月24日 マイケル・マグネシにスプリット判定勝ち=IBO世界スーパーフェザー級王座を獲得
2024年5月18日 ジョー・コルディナに8回TKO勝ち(リヤド)=IBF世界スーパーフェザー級王座を獲得
2024年9月21日 ジョシュ・ウォリントンに判定勝ち(ウェンブリー・スタジアム)
2025年1月31日 IBF王座を返上
2025年5月10日 リー・ウッドに9回TKO勝ち(ノッティンガム)
2026年3月14日 ジャザ・ディケンズに判定勝ち(ダブリン)=WBA世界スーパーフェザー級王座を獲得

ここに日本との接点があります。

カカーチェが2024年に奪ったIBFのベルトは、尾川堅一 → コルディナ → カカーチェの順に渡ってきたものでした。尾川は2021年11月27日(日本時間28日)、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン・シアターでアジンガ・フジレを判定で下してIBF王者になり2022年6月4日、英・カーディフでジョー・コルディナに2回1分15秒KO負けして王座を失っています。そのコルディナを、2年後にカカーチェが8回で止めた――という流れです。

もっとも、カカーチェはそのIBF王座を2025年1月に返上しています。いま持っているのは、2026年3月にダブリンで獲り直したWBAのベルトです。

そしてもうひとつ。12月19日は、カカーチェが地元ベルファストで戦う初めての「主要4団体の世界戦」になります。ベルファストでの試合自体はプロデビュー戦を含めて何度もあり、2023年5月27日にはSSEアリーナでIBO世界王座の防衛戦も行っています。ただしIBFとWBAの世界戦は、リヤド、ウェンブリー、ノッティンガム、ダブリンと、すべて他所でした。

37歳、プロデビューから14年。4団体の世界王座戦を初めて地元でやる夜――という位置づけになります。カカーチェ自身、3月にWBA王座を獲ったあとは「次はベルファストで」と語り、相手としてエマヌエル・ナバレッテやオショーキー・フォスターの名前を挙げていました。凱旋そのものは実現し、相手だけが変わった形です。

もうひとつの糸|ボールが倒した2人と、井上尚弥

ニック・ボールがWBAフェザー級王者だった約1年8か月のあいだに防衛した相手を並べると、日本のファンには見覚えのある名前が2つ出てきます。

2024年10月5日 ロニー・リオスに10回TKO勝ち
2025年3月15日 TJ・ドヘニーに10回終了TKO勝ち(リバプール M&Sバンク・アリーナ)
2025年8月16日 サム・グッドマンに判定勝ち(リヤド)
2026年2月7日 ブランドン・フィゲロアに12回TKO負け(リバプール M&Sバンク・アリーナ)
  • TJ・ドヘニーは、井上尚弥が2024年9月3日に7回TKOで下した相手です
  • サム・グッドマンは、井上戦が2度組まれて2度とも流れた相手です(2024年12月24日→2025年1月24日。いずれもグッドマンの左目上のカットが理由で、代役はキム・イェジュンでした)

つまりボールは、「井上と戦った男」と「井上と戦えなかった男」を、続けて倒していることになります。

そしてボールは、ドヘニーを止めたのと同じリバプールM&Sバンク・アリーナで、11か月後に自分が止められました。

ちなみにサム・グッドマンは、2026年9月27日に西田凌佑とIBF世界スーパーバンタム級の暫定王座決定戦を戦います。ボールに敗れたあと、階級を下げて日本のリングに戻ってくる形です。

12月19日、日本のファンが見ておくべきこと

整理します。

もしカカーチェが勝ったら 王座はカカーチェのまま。堤の相手候補は37歳(2027年には38歳)のサウスポー・カカーチェ。ただし列の前にサメドフがいる
もしボールが勝ったら 王座はニック・ボールへ。前WBAフェザー級王者で、直近の1敗以外は負けていない29歳が新しい王者になる

どちらに転んでも、堤が挑む相手のイメージは12月19日に一度リセットされます。堤にとってこの試合は、他人事ではありません。

個人的には、ボールが勝った場合のほうが日本にとって厄介だと思っています。理由は3つあります。

  1. 年齢差。カカーチェなら堤(27歳)が10歳下ですが、ボールだと2歳差になります
  2. 体格の相性。堤は172cm。カカーチェ(178cm)に対しては6cm差で、これは普通の世界戦の範囲です。一方ボール(157cm)が相手だと、今度は堤が15cm高い側に回ります。ボールはまさに「自分より大きい相手」をキャリアを通じて攻略してきた選手で、堤がその研究対象そのものになります
  3. ボールは負けた直後。フィゲロア戦で初めて止められた選手が、階級を上げて王座を獲ったら、次は勢いに乗っています

逆にカカーチェが勝てば、38歳の王者に27歳が挑む構図になります。カカーチェは25勝のうちKOが9つで、倒して勝つタイプの王者ではありません。ただし直近の大一番はコルディナを8回、リー・ウッドを9回と、35歳を過ぎてから2つとも止めています。「打たれない・崩れない・後半に強い」タイプで、はまると一番やりにくい相手でもあります。

まとめ

  • 12月19日(日本時間20日)、英・ベルファスト。WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ、アンソニー・カカーチェ vs ニック・ボール
  • カカーチェは2026年3月14日にダブリンでジャザ・ディケンズを下して戴冠。これが初防衛戦。ボールは2月7日にフィゲロアに12回TKO負けして以来の再起戦で、階級をひとつ上げる
  • この王座には順番待ちが2人いた=暫定王者エルヌール・サメドフ(WBAが6月2日に指名試合を命令・期限は7月14日)と、7月14日に後楽園ホールで挑戦権を取った堤駿斗。12月19日に上がるのは3人目のボール
  • 堤が口にした「年内にやりたい」は、少なくともカカーチェ相手には実現しなくなった
  • 堤とボールは2025年8月16日、リヤドの同じ興行に出ていた(メインがボール vs グッドマン、堤はアシュファクに3回TKO勝ち)
  • 身長差21cmはボールにとって2度目(2024年3月のレイ・バルガス戦と同じ差)。ただしリーチ差15cmは3試合で最小

日本のリングでは9月27日に4つの世界戦があり、年末にも興行が控えています。そのあいだにベルファストで動く1本のベルトが、来年の日本人の世界挑戦に直結している――そういう試合です。

▶ 選手のプロフィールはこちら:格闘技 選手名鑑試合予定ボクシング世界王者一覧