佐々木尽
30秒でわかる佐々木尽
- いまの立場=OPBF東洋太平洋ウェルター級王者。24戦21勝(18KO)2敗1分。WBO世界ウェルター級15位
- 最新の試合=2026年5月2日、東京ドームで田中空に10回2-1判定勝ち(OPBF東洋太平洋ウェルター級王座決定戦)
- 次の相手=2026年9月21日、セムジュ・デビッド。地元・八王子で日本・OPBF・WBOアジアパシフィックの3冠統一戦
- あまり書かれていない一点=日本王座を巻いたことが一度もありません。日本ユース王座・WBOアジアパシフィック王座・OPBF王座と獲りながら日本王座だけを飛ばし、先に世界へ挑戦しました
東京都八王子市出身。八王子中屋ボクシングジム所属。中学1年でボクシングを始めましたが、当時の本業は柔道で、中学時代は東京都2位。高校1年から本格的にボクシングへ移りました。2025年6月19日にWBO世界ウェルター級王者ブライアン・ノーマンJr.に挑んで5回KO負け。2026年5月2日の東京ドームでOPBF王座に返り咲き、2026年9月21日に地元・八王子で3冠統一戦に臨みます。日本人がまだ誰も獲っていないウェルター級の世界王座を目標に掲げています。
| 生年月日 | 2001年7月28日(25歳) |
|---|---|
| 出身 | 東京都八王子市 |
| 所属 | 八王子中屋ボクシングジム |
| 身長・リーチ | 174cm・176cm/構えはオーソドックス(右ファイター型) |
| 戦績 | 24戦21勝(18KO)2敗1分 ※KO率75% |
| 階級 | ウェルター級 |
| 王座 | OPBF東洋太平洋ウェルター級王座(2026年5月2日〜)/WBOアジアパシフィック・ウェルター級王座(5度防衛して返上)/日本スーパーライト級ユース王座(返上) |
| 世界ランキング | WBO世界ウェルター級15位(2026年8月2日発表でランク復帰。その後の更新で14位とする資料もあり) |
直近の4戦
| 2026年5月2日 | 田中空に10回2-1判定勝ち(東京ドーム)※OPBF東洋太平洋ウェルター級王座を獲得 |
|---|---|
| 2026年2月19日 | マーロン・パニアモーガンに2回1分21秒TKO勝ち※世界戦の敗戦から8か月ぶりの再出発 |
| 2025年6月19日 | ブライアン・ノーマンJr.に5回46秒KO負け(東京・大田区総合体育館)※WBO世界ウェルター級タイトルマッチ・初の世界挑戦 |
| 2025年1月24日 | 坂井祥紀に12回3-0判定勝ち※WBOアジアパシフィック5度目・OPBF2度目の防衛 |
知っておきたいこと
24戦のうち18勝がKO、判定までもつれたのは3試合だけ
2018年8月のデビューから2026年5月まで24戦。21勝のうち18勝がKO・TKOで、KO率は75%です。判定勝ちは2019年の佐藤光戦、2025年の坂井祥紀戦、2026年の田中空戦の3つだけ。「倒すこと」でキャリアを作ってきた選手だということが、数字にそのまま出ています。
本人もKOへのこだわりを隠しません。「お客さんを盛り上げるのがプロ」「自分はKOを見せなきゃいけないキャラだと思ってる」と語っています。
日本のベルトだけを飛ばして、先に世界へ行った
ここがこの選手の経歴でいちばん変わっている点です。獲ってきたタイトルを並べると、日本ユース王座(2020年)→ WBOアジアパシフィック王座(2023年)→ OPBF東洋太平洋王座(2024年・2026年)→ 世界挑戦(2025年)。日本王座だけが抜けています。
2021年10月19日に平岡アンディとWBOアジアパシフィック・日本スーパーライト級の王座決定戦を戦ってはいます。ただし前日計量でリミットを1.8kg超過して計量失格となったのは佐々木のほうで、王座を獲る資格を失いました。「平岡が勝った場合だけベルトが動く」という変則ルールで行われ、結果は11回1分58秒のTKO負けです。日本のベルトを実際に獲れる状態で戦うのは、2026年9月21日が初めてということになります。
元は柔道で東京都2位、両親は「宿題より練習」
中学時代の本業は柔道でした。本人がCBCラジオ「竹内由恵のGood Shape Navi」で語ったところによると、中学で東京都2位まで行き、オリンピックを目指すつもりだったといいます。柔道の先生は高校進学のルートまで用意してくれていました。
転向のきっかけは両親でした。組むときに手が顔へ行ってしまうのを見た親から「お前、ボクシングやった方がいいんじゃないか」と言われたそうです。父はサッカー、母はバスケットボールの選手で、「勉強ではなくスポーツで日本一・世界一を目指せ」「宿題をやる暇があったらトレーニングしろ」という家庭だったと本人は話しています。
ただし転向後がすぐ順調だったわけではなく、高校で出た最初のアマチュアの試合も、2戦目も負けています。「2回目でこれは殴り合いじゃなくスポーツだと分かって、そこから頑張ろうと思った」というのが本人の説明です。
世界戦の敗戦が、次の勝因になった
2025年6月19日のブライアン・ノーマンJr.戦は5回46秒のKO負けでした。本人は「体は大丈夫だったが心の傷がでかかった」と振り返る一方、「こういうところを磨けばいける、と本当に思った部分があった」とも語っています。
そして約10か月半後の田中空戦。ロープ際で受けてカウンターを合わせる形は練習で仕込んだ作戦で、「世界戦をやる前の自分がやったら、田中選手にやられていたと思う」と話しています。負けを抽象的な「経験」で片づけず、どの場面でどう効いたかを具体的に言えるのがこの選手の特徴です。
9月21日の3冠統一戦についてはカードのまとめと深掘り記事にくわしく書いています。
戦績は2026年9月18日時点の公開情報にもとづきます。誤りがあればご指摘ください。
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